医学会誌43-補遺号
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研究課題名:インフルエンザウイルスの増殖に関与する遺伝子変異の解析研究発表者:村津 秀崇(平成28年度医学研究への扉) インフルエンザウイルスのゲノムはRNAであり、ウイルスRNA依存性RNAポリメラーゼ (viral RNA-dependent RNA polymerase,vRdRp)がゲノム複製反応を担う。インフルエンザウイルスのvRdRpは、PB1、PB2およびPAの3つのサブユニットで構成され、PB1がRNA合成反応の触媒酵素として働く。 vRdRpが規定する機能として、ゲノム複製時における変異導入効率の制御があげられる。当教室における先行研究により、H1N1野生株では1万塩基のゲノム内に約0.4個の変異が導入される が、PB1の82番目のTyr残基をCysに置換することで、変異頻度が1万塩基に約1.4個となる低忠実性株に変化することを明らかにしている。そこで本研究では、忠実性制御におけるPB1-Tyr82残基の機能的意義を同定するため、Tyr残基をCysおよび他の18種のアミノ酸に置換したPB1変異ウイルスを作製し、変異頻度に与える影響の検討を試みた。 Site-directed mutagenesisによりTyr82残基に対応するコドンに変異を挿入した各PB1ゲノム発現プラスミドを作製した後、逆遺伝学的手法を用いて組換えPB1変異ウイルスの作出を行った。その結果、Glu、Asp、TrpおよびPro以外のアミノ酸置換型のPB1変異ウイルスを作製できたことから、Tyr82残基をCys以外の他の14種のアミノ酸と置換してもvRdRp活性が保持されることが示唆された。また、各PB1変異ウイルスを用いてプラークアッセイを行った結果、野生株ではプラークサイズは均一となるが、いくつかのPB1変異株ではプラークサイズが不均一となった。 以上の結果から、いくつかのPB1変異株ではエラー導入頻度が向上したことで、ウイルス増殖に影響を与える様々な遺伝子変異がランダムに挿入された集団を形成していると考えられる。今後 は、次世代シーケンサーを用いて各PB1変異株の変異導入効率の算出を行う予定であり、ウイルスゲノム複製時におけるPB1-Tyr82残基の機能意義の同定を試みる。研究課題名:心筋細胞の分裂における酸素とFam64aの重要性研究発表者:水谷 文香(平成28年度医学研究への扉) 日本人の死因の第2位が心臓の病であるが、その多くが心筋梗塞とそれから派生する病である。成体では心疾患等で失われた心筋細胞を再生することはできず、このことが長らく心臓再生医療の障害だった。これは哺乳類では心筋細胞が胎児期には活発に分裂して原始心臓を形成するが、出生直後に分裂を停止してしまうためである。この分裂停止の機序は不明だが、我々は胎児期と出生後の個体の周囲を取り巻く酸素分圧の変化に着目した。 胎児期には胎盤を介して母親から酸素供給を受けるため、極めて低酸素環境(2-3%)にあるのに対し、出生後には肺呼吸が始まるため、大気酸素環境(21%)となり、これが心筋細胞の分裂活性を害するのではないかと考えた。これまでの実験により、出生時の酸素上昇が心筋細胞の分裂を停止させること、その分裂停止に関与する新規遺伝子としてFam64aを同定した。そこで本実習では、出生前後及び様々な酸素環境下でのFam64aの発現変化を免疫染色にて解析するとともに、心筋細胞の分裂活性を評価した。その結果、Fam64aは低酸素環境下にある胎児期心筋細胞の核に豊富に発現しており、その発現量と心筋細胞の分裂活性が正の相関を示すことから、Fam64aは胎児期の心筋細胞分裂に必須の分子であることが判明した。 この結果はやがて成人の心疾患に対して有効な治療法の確立に繋がる道標となるであろう。今後は心筋細胞の酸素センシング機構におけるFam64aの役割を明確にしていきたい。― 医学研究への扉 ―S89

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